スタートアップだけでなく、VCもまた進化する──。今、日本の産業を下支えしているのは、製造、物流、建設、医療、農業といった「レガシー」と呼ばれてきた領域だ。その現場で日々格闘する起業家たちは、華やかなニュースには映らないかもしれない。しかし、誰よりも課題の深部に触れ、現実を変えるプロダクトと仕組みをつくり出している。
Gazelle Capitalが掲げる「ガゼル企業を生み出す」というミッションは、まさにそうした起業家たちの挑戦を支えるためのものだ。代表としてファンドを率いる石橋孝太郎と、2025年に加わった丹下碧。異なる経験を持つふたりが見る、”産業を創るスタートアップ”とそれを支えるVCの現在地とは。
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偶然と運命が織りなした出会い
──まず、簡単に自己紹介と現在の役割を教えてください。
石橋:クルーズという上場企業で2016年にCVCを創業し、約2年取締役として関わりました。そして2018年末に独立し、既存産業×DXの領域で創業期のスタートアップに特化して投資をするファンドとして、2019年「Gazelle Capital」を立ち上げました。

丹下:私は、2025年8月にGazelle Capitalに入社し、キャピタリストとして活動を始めたばかりです。前職はセーフィーというセキュリティカメラのソフトウェア会社に9年間いました。十数名の頃から初期メンバーとして参画し、上場まで経験しました。

──丹下さんは、なぜ、次のキャリアとしてVCを選んだんですか?
丹下:セーフィーに9年もいると、過去の経緯を知りすぎているがゆえに、新しいことを進めづらくなってきている感覚がありました。「以前これで失敗した」という記憶が先に立ってしまい、知らず知らずのうちに私が会社の成長にブレーキをかけているんじゃないかと。
一方で、一生スタートアップと付き合っていく仕事をしたいという思いがありました。50代の女性がアーリーステージのスタートアップに転職するのは、前例も少なくハードルが高い。ですが、50代のキャピタリストはいらっしゃる。キャピタリストなら、一生スタートアップと添い遂げることができるんじゃないかと思ったんです。
ただ、VCへの転職活動をしてみてわかったのは、金融のキャリアがない、学歴もない、しかも産後間もない私を、ポジティブに面談してくれるVCはほとんどなかったということです。Gazelle Capitalだけが、なにも言わずに面談まで進めてくれました。
──石橋さんから見て、丹下さんのどんな点が魅力的だったんですか?
石橋:丹下さんを採用した理由は、シンプルにEQの高さと知的好奇心の強さです。シードVCの仕事は、知らない産業の話を毎日何件も聞くことになります。
起業家に心を開いてもらうには、まず自分が開いている人でなければならない。
丹下さんは、理解するまでちゃんと質問してくれる。深く話を聞いていると、実はハードなオタクだということもわかって(笑)。
この2つの要素は後天的に身につけるのが難しいスキルですが、それを兼ね備えていたんです。

あとは、セーフィーでPMFの瞬間を経験していたことです。商品が売れすぎて対応が追いつかないといった状況も知っている。
実体験があるからこそ、起業家の話を聞いた時に「この熱量なら大丈夫」「この段階では厳しい」と解像度の高い判断ができます。これは座学では絶対に身につかないものです。
丹下:でも、実は最初にGazelle Capitalの選考を受けた時は、一度お見送りをいただいたんです……。
採用枠がなくなってしまったタイミングで。それが本当に悔しくて、YouTubeのチャンネルは、すぐに登録解除しました(笑)。

その後にキャピタリストの近藤(絵水)さんから、ご連絡をいただいて。
その瞬間はリビングで踊りましたね。すぐ返信すると「待ってました!」みたいになっちゃうから、翌日に冷静を装って「ぜひ」ってお返しして(笑)。
石橋:当時はちょうど3号ファンドの立ち上げで、いったん採用を止めたタイミングだったんです。でも、DE-SIGNグループ様とCVCファンドを作ることになって、やはり攻めの人材も必要だということで、丹下さんに再度お声がけさせていただきました。
「日本を強くする」という原点
──石橋さんが「既存産業×DX」にこだわる理由を教えてください。
石橋:個人的な話になりますが、私は韓国系のクォーターなんです。18歳までそれを知りませんでした。そのことを知った時は、少しアイデンティティクライシスのような感覚がありました。
そのため、日本生まれ・日本育ちで、日本語しか喋れないのに、少し違った背景があるのかもしれない。だからこそ、日本人で在りたいという気持ちは、もしかすると他の人より強いかもしれません。

そして、前職を辞めて次のチャレンジを考えている時、地方出張に行ったり、様々な産業に関わる方と話したりする中で気づいたんです。
僕が好きで、不思議とこだわっている”日本”という国を作ってきたのは、自動車や製造、建設、医療、介護といった、みんなが“オワコン”と呼んでいるような産業だと。
でも当時は、多くの起業家がスマホの中ばかりでサービスを考えていて、日本を築いてきた既存産業は、斜陽と言われていました。
もう一度、この国に、ドメスティックな産業から強い会社を作ることこそが、僕のやりたいことだと、覚悟を決めました。
僕が一人でこの領域で事業会社を起業するより、VCとして、この既存産業に飛び込んで、一緒に変革を推し進めてくれる人を増やしたほうが、社会的インパクトは大きい。それがファンド創業の原点です。
丹下:石橋さんの思いは、YouTubeを何百本も見て理解していました。でも実際にお会いして話を聞くと、その熱量がより深く感じられて。
私自身も、伊藤園、マクロミル、ぐるなびと、いわゆるレガシー寄りの企業も経験してきました。現場を知っているからこそ、DXがどれだけ必要とされているか、どれだけ進んでいないかも肌で感じています。

Gazelle Capitalというチームで未来を作る
──2019年5月の創業から6年、チーム化はどのように進めてきましたか?
石橋:実は同規模のファンドと比較すると、僕たちは比較的早めに採用しているほうだと思います。採用する時の基準は、創業時から変わっていません。業界経験より、EQと知的好奇心、そして個人のミッションとVCの仕事がフィットしているかを重視しています。
僕自身も未経験でVCを始めました。だから経験はなくても、ちゃんと手を動かして、起業家と向き合える人であれば、半年もあれば仕事ができるようになります。逆に、ソフトスキルはあとから身につけるのが難しい。

丹下:面接の時、みなさん若いなと思いました。子供がいる年上の女性を迎えるストレスをかけちゃうんじゃないかと少し心配だったんですが、実際はなにも問題なく、自然にチームに受け入れてくれました。
石橋:VCとして長く続けていくためにはチーム化が必要不可欠です。僕一人に依存してしまうと、持続可能性がありません。Gazelle Capitalという法人がやりたい未来を、チームで達成できる状態を作りたい。
極端な話、僕が交通事故で死んでも大丈夫な状態にすることが、ミッションのためにはヘルシーなんです。
ただ、今後もキャピタリストの採用基準は変わりません。キラキラした経歴より、人となりとスキルフィットを重視します。

──チームが拡大する中で、それぞれの役割はどう進化していきそうですか?
丹下:私はまだ入社して間もないので、これから自分の役割を見つけていく段階です。ただ、セーフィーでの経験、とくにメディアやマーケティングの知識は活かせると思っています。
石橋:丹下さんには、キャピタリストとしてはもちろん、YouTubeをはじめとするメディア戦略の部分でも力を発揮してもらいたいですね。
Gazelle Capitalのメディアは、単なる情報発信ではなく、スタートアップというビジネスモデルを世の中に知ってもらうための活動です。
世の中の99.9%の人は、スタートアップやエクイティのことを知らない。この現実を変えない限り、起業家は増えません。だから、日本一のスタートアップメディアになる。これは戦略的にも正しいし、ミッション的にも絶対やり切ったほうがいいと考えてのチャレンジなんです。
シード特化を貫き、メディアで日本一になる
──これから3年後、5年後のGazelle Capitalはどうありたいですか?
石橋:やることは、ぶらさず、変えません。既存産業×DXの起業家が十分に増えるまで、シード特化でやり続けます。シリーズAやBのスタートアップの皆さんに、Gazelle Capital本体のファンドから出資はしないでしょうし、ファンドの規模を大きくする気もない。僕たちじゃなくてもできることは、他の人にお任せします。
理由は明確です。大きなチャレンジをする優秀なキャリアの方や、シリアルアントレプレナーに大金が集まりやすい状況になっていますが、それ以外の起業家の想いや課題意識が否定されていいわけではないからです。
起業家が熱い思いを持ち、自分の人生の時間を使って挑戦しようとすることは、それだけですばらしい。もしかしたら多くのVCが、「この業態はVCから出資を受けることに向いていない」と言ってしまうような起業家のことも、僕たちは応援したい。思いに共感しながら、一緒になにかを実現していきたいんです。

丹下:石橋さんのその姿勢は、本当に一貫していますよね。
石橋:もっと進化させたいのはメディアです。スタートアップというビジネスモデルを、もっと多くの方に知っていただくための最初のきっかけになる。これを日本一のレベルでやり切ります。
あと、コミュニティやイベントなど地上戦も強化したいですね。3年、4年経つと、そろそろ投資先のIPOも出てくるので、実績ができて好循環が始まります。この戦略は間違っていないと思っているので、やめないで、やりきる。それだけです。
「思いがあれば、それだけで十分」
──最後に、これから起業や資金調達を考えている方へのメッセージをお願いします。
丹下:とにかくご連絡ください。どんなフェーズでもいいです。資金調達をしたいと具体的に思ってなくてもいいです。「起業しようかな」と思った時点で、ご相談いただけたらうれしいです。
起業家の方はキャピタリストのことを過剰に怖がっているように思うんです。でも、私たちはみなさんがいるからこそ、キャピタリストでいられる。すべては起業家の方が起点なんです。

石橋:僕からも同じことを言いたいです。想いや課題意識を持っていることが、まずすばらしい。そこに経済合理性の話を持ち込むのは、ある意味でVC側の都合でしかありません。
もちろん、僕たちもビジネスとしてやっている以上、投資判断はします。でも、そんな話以前にまず相談してほしい。5回でも10回でも面談します。これからの未来を一緒に考えましょう。
Gazelle Capitalは、起業家に選ばれるVCでありたい。そのために、変えないことと進化させることを、これからも続けていきます。



